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2016年2月11日木曜日

南方軍集団司令官ルンテシュテットは、

ロストフからの撤退を意見具申した。
しかし、ヒトラーはこれを拒み「死守」を命令した。その後、乱発されることになる「死守」命令の始めのひとつである。しかし、プロイセン以来の正統な野戦軍司令官であるルンテシュテット元帥は、軍事的に無意味な命令に従うつもりはなかった。
(一九四一年)十一月二九日、ルンテシュテットは死守命令を無視して、部隊に撤退命令を下した。激怒したヒトラーはルンテシュテットを軍集団司令官から罷免した。
『西方電撃戦』

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