十一月五日決定の「帝国国策遂行要領」に基く対米交渉は成立するに至らず
帝国は米英蘭に対し開戦す
翌二日午後五時三〇分、山本五十六連合艦隊司令長官も、すでに北緯四十度、西経一七五度付近をハワイに向かって進む機動部隊に、打電した。
「ニイタカヤマノボレ一二〇八」
「十二月八日午前零時(東京時間)を期して開戦」の命令である。
2015年5月6日水曜日
2015年3月21日土曜日
「よいか、参謀というものは
全軍の作戦指導にあたるものなのだ。それが第一線の状況に暗いようで、参謀の仕事ができるか。なにをぐずぐずしておるのだ。すぐに前線におもむいて敵状を視察し、戦況を報告せよ」
かれ(児玉源太郎)は、苛立ったように命じた。
『海の史劇』
2015年3月20日金曜日
作戦の中身そのものの是非論でいえば反対だが、
組織の論理では「出来ない」ということは許されない、というわけである。
この考え方は、きわめて日本的である。現代の日本でも、政党や官僚、企業といった組織の中に蔓延している不変の価値観である。
しかし、このために取り返しのつかないさまざまな犠牲が出た。インパール作戦の失敗も、その一つである。インパール作戦をめぐる「組織の空気」は、まったくこの「日本的組織第一主義の価値観」に染まっていた。そして、その空気の中での作戦の決定と遂行は、「無責任」というキーワードで語られるべき多くの行為を生んでいった。現代のサラリーマンの多くが、大なり小なり日常で感じているさまざまな葛藤は、このインパール作戦の顛末の類型といえる。
『責任なき戦場』
2015年3月15日日曜日
(この連中が人を殺してきたのだ)
とおもうと、次の行動が、常軌を逸した。かれは地図のむこうにいる少佐参謀におどりかかるなり、その金色燦然たる参謀懸章をつかむや、力まかせにひきちぎった。
『坂の上の雲』
2015年3月1日日曜日
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