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2018年1月17日水曜日

出撃前、真珠湾を見立てた雷撃訓練は

彼(中村豊弘二飛曹)の想像を絶する過酷さであった。中村二飛曹はこれをシンガポール港湾攻撃と誤解していたが、その訓練は、まず訓練用魚雷を抱いた九七式艦上攻撃機で鹿児島基地を飛び立ち、城山の右、甲突川上流三、〇〇〇メートル上空に占位することからはじめられた。
「全軍突撃せよ」の合図で単縦陣となり、西方山に囲まれた女学校校舎を目標に、四五度の緩降下で一気に沖合の浮標に殺到する。
そのときには、校舎三階の女学生が見下ろすことができるほどの低空を飛んでいる。(うるさくて勉強はできないだろうな)と、つぶやきながら高度二〇メートル、機速一六〇節で魚雷を投下する。
この高さでは高度計は零を指し、翼端には波しぶきがかかりそうな低空飛行となる。
『真珠湾攻撃作戦』

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