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2016年11月20日日曜日

栗田部隊のレイテ泊地突入が、

はたして全海軍作戦にどれほどの貢献をおよぼしたかにはいろいろと議論があるにしても、その行動は、オトリ作戦の犠牲をまったくムダなものにしたことだけはたしかであろう。(元第一機動艦隊参謀・海軍大佐 大前敏一氏)
『激闘の空母機動部隊』

2016年11月16日水曜日

昭和十九年十月二十四日母艦発艦の最後の攻撃隊

「瑞鶴」発艦
零戦十
爆装零戦十一
天山艦攻六(索敵五、誘導一)
彗星艦爆二(偵察)
計二十九機
(既に雷撃隊は組めない様である。マリアナ沖海戦が最後)

「瑞鳳」発艦
(機数特定出来ず)

四隻の空母(瑞鶴、瑞鳳、千歳、千代田)全部併せて五十八機(攻撃隊発進電では七十六機であったが、十八機が整備不十分ではずされた)
(『空母「瑞鶴」の生涯』、『空母瑞鶴』)

2016年10月22日土曜日

私たちは涙をのんで最後の天山を海に捨てた。

南海のうねりは、すぐに天山の機体をのみこんでしまった。搭乗員は無言でそれをながめていた。しかし、彼らの頬には一すじの涙がひかっていたのである。
『激闘の空母機動部隊』