聞こえてきました。気がつくと、戦車(水陸両用戦車)が退(さが)る敵を逃がしてなるかとばかり迫っているのです。敵は戦車まで上陸させていたのかと、またしてもショックでした。一時は自殺も考えましたが、爆薬も手榴弾も、すでに身に帯びていませんでしたし……。友軍がすっかり去ってしまってからも、私は、累々と横たわる戦友の屍と一緒に、地べたに長くなっていました。
『ガダルカナル戦記』
2018年11月24日土曜日
2018年11月18日日曜日
その弾雨のなかで私たちは、
突撃に備えて銃に着剣し、日本軍独特の夜襲体勢を整えたのです。着剣し終わった銃を右手で引きずり、なおも這いながら前進、と思った途端、前を行く戦友の動きがはたと止まった。何事ならんと訝っていると『川だ』という声が伝わってきた。川(名称、中川)が前進を阻んだらしい、ということがわかってきた。
『ガダルカナル戦記』
『ガダルカナル戦記』
2015年11月8日日曜日
一木先遣隊壊滅
突撃が開始されたのは、(昭和十七年八月)二十一日の未明であった。砂州を越えようとしたとき、左前方から猛烈な弾幕が飛んできた。一部には、対岸に辿り着いて鉄条網の内部に進入したものもあったらしいが、大部分は砂州の前後に折り重なって倒れた。敵の集中砲火には、迫撃砲、榴弾砲らしきものが加わりはじめた。
……
やがて敵の一部が、中川(イル川)の上流を渡って進出し、迂回して一木支隊の背後から襲撃してきた。これがほぼ午前十時ごろのことである。右側は海であり、一木支隊は完全に包囲されたかたちになった。午後になって、敵は水陸両用戦車をくり出してきた。戦闘が終熄したのは午後三時ごろのことであったといわれる。全滅といってよい敗北であった。
『ガダルカナル戦記』
……
やがて敵の一部が、中川(イル川)の上流を渡って進出し、迂回して一木支隊の背後から襲撃してきた。これがほぼ午前十時ごろのことである。右側は海であり、一木支隊は完全に包囲されたかたちになった。午後になって、敵は水陸両用戦車をくり出してきた。戦闘が終熄したのは午後三時ごろのことであったといわれる。全滅といってよい敗北であった。
『ガダルカナル戦記』
「小銃と機関銃だけじゃ大変でしょう。
するとくだんの中隊長いわく、『われわれは夜戦の斬り込み攻撃をやるので、心配いりません。また、従来の三八式銃ではなくて、九九式という新鋭小銃を下賜されておる。このように立派な銃をあずかっている限り大丈夫である』そのように士気は極めて旺盛だった。われわれ『陽炎』乗員も、成功を祈る気持ちは一杯で、中隊長がああ言うなら大丈夫だろうと思ったりもした」(駆逐艦陽炎水雷長、高田敏夫氏)
『ガダルカナル戦記』
『ガダルカナル戦記』
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