太平洋戦争研究会
~太平洋戦争の真実を追う~
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2016年9月17日土曜日
「友永丈市隊長機の最期を見た唯一の目撃者は私なんです。
米空母の艦橋付近に突っ込んでゆくのを見ました。もう飛行機の半分は炎につつまれていましたが、後部ははっきりと見えた。指揮官機であることは尾翼のマークではっきりとわかりましたね」(浜田義一氏、当時「飛龍」艦攻電信員、一飛曹)
『ミッドウェー戦記』
飛龍攻撃機隊 友永丈市大尉機 1942年6月
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