翌日、猪口(力平)大佐は前線視察を命じられると、しばらくは返事をしない。有無を言わさぬ口調で大西(瀧治郎)長官に命じられると、二人きりになった幕僚室で「月光はいやだ。君の戦闘機に乗って行く」と言い出した。
夜間戦闘機月光は複座だが、零戦は単座である。
「何を言っているんですか。単座の零戦にあなたが乗ると、重心が狂う。第一、もし敵戦闘機に見つかった場合、空戦ができませんよ」
「それでもかまわん。どうしても、月光はいやだ」
駄々をこねるような猪口大佐の注文で、やむなく後部座席の無線機を外し、空洞ができたところに参謀を横にして積みこみ、セブ基地にむかった。昼間はさけ、薄暮あるいは黎明をねらってレイテ湾上の参謀視察にむかうつもりである。
……
その状況を確認するために準備の偵察飛行に出かけると、三日もたたないうちにセブ基地から猪口参謀の姿が消えた。
「先任参謀はどうされたんか?」
と、留守番の要務士にたずねると、
「もうマニラに帰られました」
との返事。猪口大佐はレイテ湾の敵情視察に一度も出ることなく、一航艦司令部にもどり、また作戦指導にあたることになる……。
『特攻とは何か』
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