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2017年6月22日木曜日

インパール作戦反対論

補給出身で当時「兵站の神様」と呼ばれていた小畑信良(おばたのぶよし)第十五軍参謀長は、この作戦に反対の意を唱えた。彼は、数度にわたる空中偵察を行った結果、補給困難を理由に、この作戦が実行不可能であると判断したのである。これに対して、牟田口(廉也)は小畑参謀長を必勝の信念に欠ける臆病者と判断し、赴任後、わずか一か月半で彼を更迭した。

また、インパール作戦に参加する三個師団、つまり第十五師団山内正文(やまうちまさふみ)中将、第三一師団佐藤幸徳(さとうこうとく)中将、そして第三三師団柳田元三(やなぎだげんぞう)中将の各師団長も、補給困難を理由にしばしば第十五軍牟田口司令官と対立していた。とくに、陸大三四期で成績優秀者として天皇から軍刀を授与された恩賜軍刀組の柳田中将は、何事も理論と計算によって行う合理主義者であった。彼は、ソロモン、ニューギニア、そして太平洋の戦訓から航空戦力の劣勢と補給能力を欠くインパール作戦は必ず失敗することを明言していた。そして、この柳田中将の意見に、山内中将と佐藤中将も共感していたのである。
『組織の不条理  なぜ企業は日本陸軍の轍を踏みつづけるのか』



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