北ビルマからインパールに向かう進撃地域が山系、峡谷、高地ばかりだったことで、兵士たちは標高三千メートルの山々をひたすら登り降りしながらすすまなければならない。この地形は牟田口(廉也)や参謀たちの予想をはるかに超えていた。しかもチンドウィン河からインパールの距離を、例えば第十五師団は約七十キロ、第三十一師団は約百キロ、第三十三師団も約百キロと想定していたが、これは平地の実測に等しく、山系や峡谷を登り降りする距離のそれこそ十分の一ていどになるのではないかと思われるほど甘い計算だった。
『昭和陸軍の研究』
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