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2017年12月22日金曜日

「『お国のために』という言葉のもとに、

まともに物を考えることを封じられている時代だったからね」(故水木しげるさん)

2017年12月18日月曜日

特攻隊として出撃の日が近かったのだろう。

母子は玄関や座敷で火鉢を囲んだ。母親たちは故郷から持ってきたスルメや空豆を「今度の休みに息子に食べさせて」と母に託していた。
(45年)3月に入って少年兵3人が「明日発ちます」とあいさつに来た。母は「お国のためにがんばってください」と見送ったが、「もうあの人たちは亡くならはるんやで」と私にささやき、彼らの後ろ姿をいつまでも見守っていた。(玉木隆子さん)
――『声  語りつぐ戦争』より

昭和十年代の軍事指導者らは

自分に都合の悪いことが生じたとき、箝口令(かんこうれい)と戦死の二大命令を兵士たちに強要するのが特徴であった。(保阪正康氏)
――『ナショナリズムの昭和』より

2017年12月17日日曜日

「(まず雷撃隊は全滅するだろうな。

おそらくいちばん先に靖国神社へ行くことになるだろう)そんなことを考えながら隊員たちの顔を見わたすと、気のせいかだれもが真剣そのものの表情をしている」(蒼龍雷撃隊員森拾三二飛曹の手記)
『真珠湾攻撃作戦』

2017年12月14日木曜日

「稚内公園」からは海を一望できる。

「南極観測樺太犬訓練記念碑」や「樺太犬供養塔」のほか、市のシンボルといえる「氷雪の門」がある。かつて多くの日本人が暮らしていた樺太への望郷の念と、戦中・戦後に現地で亡くなった人たちの慰霊のために建てられた。近くには、1945年8月に真岡(現ホルムスク)の郵便局で集団自決した女性電話交換手を悼む慰霊碑「九人の乙女の碑」もある。
――『映画の旅人』より

氷雪の門

九人の乙女の碑

2017年12月12日火曜日

歴史を学ぶということは、

ただ、過去のできごとを知るということではありません。歴史からひきだされるさまざまな教訓は、現代での生き方を教え、あわせて、未来への示唆を与えてくれるものです。
『物語日本史』


2017年12月10日日曜日

武蔵は魚雷と爆撃の猛攻に沈んだ。

山城は巨大な火柱を夜空に噴き上げて消えたという。4日間で7千人とも1万人とも言われる将兵が命を落とした。作家の半藤一利氏は「大日本帝国の最終章を飾る雄大な葬送賦」と評した(『レイテ沖海戦』)
――『天声人語』2017年(平成29年)12月10日より