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2018年11月25日日曜日

朝飯前の首都攻略

またわが軍のラングーン入城が、市民の歓呼に迎えられ、あたかも凱旋部隊のごとくに待遇されたことは、将兵が眉に唾をして真偽を疑うほどの事態であったが、真相は、西洋人を駆逐した東洋友邦の威力に対する敬愛の民族心理にほかならなかった。
『帝国陸軍の最後』

2018年11月24日土曜日

内地時間で午後四時十二分(現地時間五時四十分ごろ)、

旗艦「鳥海」のマストに三川中将訓示の信号が掲げられた。「帝国海軍ノ伝統タル夜戦二於テ必勝ヲ期シ突入セントス。各員冷静沈着克クソノ全力ヲ尽クスベシ」
『ガダルカナル戦記』

そのとき、地を揺るがす新しい物音が

聞こえてきました。気がつくと、戦車(水陸両用戦車)が退(さが)る敵を逃がしてなるかとばかり迫っているのです。敵は戦車まで上陸させていたのかと、またしてもショックでした。一時は自殺も考えましたが、爆薬も手榴弾も、すでに身に帯びていませんでしたし……。友軍がすっかり去ってしまってからも、私は、累々と横たわる戦友の屍と一緒に、地べたに長くなっていました。
『ガダルカナル戦記』

2018年11月18日日曜日

その弾雨のなかで私たちは、

突撃に備えて銃に着剣し、日本軍独特の夜襲体勢を整えたのです。着剣し終わった銃を右手で引きずり、なおも這いながら前進、と思った途端、前を行く戦友の動きがはたと止まった。何事ならんと訝っていると『川だ』という声が伝わってきた。川(名称、中川)が前進を阻んだらしい、ということがわかってきた。
『ガダルカナル戦記』

2018年11月17日土曜日

我々は暗に乗じて

工兵隊のあやつる鉄舟につぎつぎ乗り込み、渡河した。浅瀬が近づくとそれぞれ鉄舟よりザブンと河に飛び込み、対岸のあらかじめ命令された地点に集結する。
『インパール作戦従軍記』

2018年11月11日日曜日

「……これが佐藤(師団長)からきた電文だ。

――弾一発、米一粒も補給なし。敵の弾、敵の糧秣を奪って攻撃を続行中。今やたのみとするは空中よりの補給のみ。敵は、糧秣弾薬はもとより、武装兵員まで空中輸送するを眼の前に見て、ただただ慨嘆す。……こっちは山内からきたものだ。――第一線は撃つに弾なく、今や、豪雨と泥濘のうちに、傷病と飢餓のために戦闘力を失うに至れり。第一線部隊をして、ここに立ち至らしめたものは、実に、軍と、牟田口の無能のためなり」
『インパール』

2018年11月10日土曜日

「貴官のような臆病者に師団の指導を

させてはおけん。牟田口がここにおって、弓をつれてインパールにはいるのだ。貴官は、わきで見ておれ。戦さのしかたを教えてやる」
柳田師団長の、受話器を持った手がふるえていた。
『インパール』

「弓がそんな山のなかで押えられているのは、

トンザンで敵を逃したからだ。トンザンにいた敵が、その辺を固めてしまったのだ。トンザンで包囲しながら、殲滅しそこなったのは、師団長がやる気がなかったからだ。トンザンで殲滅していたら、今ごろは、なんなくインパールにはいれた。師団長はトンザンでは敵を逃す。そのあと、追撃を命じたのに、ぐずぐずしておって、前進をせん。師団長は戦さが恐しくて、前進できなかったのだろう。敵を助けて、見方を不利にしたのは、利敵行為だ。少しは恥を知れ、卑怯者」
柳田師団長の青ざめた顔に、汗が光っていた。不当な侮辱にたえがたい思いだった。親補職の師団長がののしられているのは、いかにも無残であった。見るにしのびない思いで、その場を離れる将校もいた。
『インパール』

受話器からは、牟田口軍司令官の激しい罵声が

もれて響いた。柳田師団長の顔はこわばっていたが、次第に青白さを加えた。
……
「弓は一体何をしておるのか。何をまごまごしておるか。いまだにシルチャール道に出られないで、うろうろしているとは何ごとか。師団長が臆病風に吹かれているから、兵隊まで戦意をなくしてしまうのだ」
柳田師団長の口もとがゆがんで、ふるえている。
『インパール』

2018年11月6日火曜日

牟田口軍司令官は、わが意をえたというように

胸をそらして、
「補給線をもとうとするから苦労しなければならん。貴官(田副第五飛行師団長)はよく空中輸送のことをいわれるが、インパールのような山や密林では、飛行機では輸送もできん。嶮難な山道だから、地上の輸送もあてにすることはできん。それで、わしはジンギスカン遠征の故智にならって、牛と羊をいっしょにつれて行く」
『インパール』

牟田口軍司令官に

(第十五軍を)追われた(輜重出身の)小畑(信良)参謀長は、ビルマを去る時に、田副(たぞえ)(第五飛行)師団長に語った。――あの男は実に虚栄心が強い。陸軍大将になりたがっている。だから、是が非でも、インパール作戦を実行して、勝たねばならないと思いつめている。
『インパール』

2018年11月4日日曜日

しかし、強引に作戦を主張する牟田口を押えて

その不満を買うことは、牟田口を通じてその直系東条(英機)の怒りを、そのまま自身(ビルマ方面軍司令官河辺正三中将)に刎(は)ね返らせることになるという弱気から、自己の一身を賭してまで、牟田口に反対することを狡(ずる)く避けた。――三個師八万五千余の日本軍を夥(おびただ)しい鉄量と飢餓と、ジャングルの泥濘に白骨化せしめたインパールの悲劇はこうした軍部の、きわめて少数者の反目や野心の犠牲であったともいえる。
『インパール』

2018年11月3日土曜日

♪ 牟田口閣下のお好きなものは

一にクンショー
二にメーマ(ビルマ語の女)
三に新聞ジャーナリスト

誰がいい出したのか、どうせ毒舌好きの報道班あたりから出たのだろう。当時、藤井(朝日新聞社記者)たちの間で、こんな数え唄が酒の席でよく飛び出した。
『インパール』

「何しろわし(牟田口中将)は、支那事変の導火線になった

あの盧溝橋の一発当時、連隊長をしていたんでね。支那事変最初の指揮官だったわしには、大東亜戦争の最後の指揮官でなければならん責任がある。やるよ、こんどのインパールは五十日で陥してみせる」
『インパール』

「確信を持っているのは、牟田口閣下だけ

ということになりますか」
「牟田口のは、確信じゃないよ。あれは神がかりだからね。わしがこの前、この作戦は慎重にやれ、という意見を申し上げた時には、頭ごなしに、戦争の経験のない奴が何をいうか、とどなりつけられた。そこでわしは、閣下には失礼でありますが、中国やマレーの戦さと違って、今度は本物の米英軍ですし、航空兵力は恐るべきものがあります、と申し上げたら、牟田口はいったね。神霊我にあり、神様が必ず助けてくれる、……」
――高木俊朗『インパール』

2018年11月1日木曜日

「参謀長殿は、ふたこと目には一番乗りといって、

中国の城でもとるようなつもりでいます。こんなことを、参謀長殿などがさかんにいうのも困りますが、軍の作戦計画もいかんと思います」(後方主任参謀三浦祐造少佐)
――高木俊朗『インパール』