ページ

2018年6月17日日曜日

一九四四年の二月には、

トラック島ではほとんど日本の航空基地が機能しない状況となる。焦る東條はサイパンを守る守備隊のところに絶対国防ラインを敷いた。とくにサイパンは「東條ライン」と称して難攻不落の防御線を敷いていると天皇に報告している。ところが現実には、ただ海辺に穴を掘っただけの代物でした。
『昭和  戦争と天皇と三島由紀夫』

0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。