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2018年6月3日日曜日

昭和十五年七月二十六日、

零式艦上一号戦闘機一型六機が漢口基地に到着した。

八月十二日には零戦の第二陣七機の空輸が行われ、(……)零戦隊は十三機となった。

最初の重慶侵攻は八月十九日に実施された。
零戦隊の指揮官は横山保(たもつ)大尉。
この日の出撃では敵戦闘機は退避してしまい会敵できず、空中戦闘は発生せず空振りに終ったものの、長距離進攻の体験は貴重なものとなった。

八月二十三日には第三次空輸の零戦四機が漢口に到着し、零戦隊は十七機となった。

九月十三日には進藤大尉以下十三機の出撃となった。
この日、零戦隊は陸攻隊と共に重慶に侵入したが、やはり敵戦闘機は退避して会敵できなかった。
しかし、戦闘機隊は攻撃後重慶上空へ引返す策を採り、中国空軍のI‐15、I‐16合計二七機と遭遇、ただちに空中戦となった。
この戦いで日本側は全機撃墜を報告したが、実際には被弾のみの機や不時着機もあり、全機が撃墜されたわけではなかったが全機を撃破した。

敵二倍という劣勢ながら、敵戦闘機すべてを撃墜破したことは画期的な戦果といえた。

「所見  零戦ノ性能優秀ニシテ急上昇ノ性能敵ニ比シ遥カニ優レタル為、急降下急上昇ヲ以テスル攻撃ノ反復ニ依リ敵ヲ圧倒スルヲ得タリ。尚二十粍弾ノ威力極メテ大ニシテ一撃克ク必墜ヲ期シ得タルハ戦果拡大ノ一大原因ト謂フヲ得ベシ」
『歴史群像  2018 FEB.』

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