ページ

2016年12月15日木曜日

いやすでに敵のまん中にとびこんでしまったのだ。

すべてのことが私の思惑や感情を外れている。たとえようのないはなれ業だ。艦橋は静かであり、「配置に就け」の毎日の訓練のままの姿勢であった。どこにも興奮がない。次の瞬間には歴史に絶した、世界一の殴りこみがはじまるというのに、兵の胸には自分らのこれからすることに対する武者ぶるいも生じていないのか。勇ましい動揺も覚えていないのか。魂を揺すぶられているにちがいないのに、彼らにはそれが予感できないのか。艦橋には鋼鉄と同じ性質の意志をはらんで、がっしりとかまえ、鳴りをしずめていた。(丹羽文雄氏)

『完本・太平洋戦争  海戦 ーー第一次ソロモン海戦ーー』

2016年12月14日水曜日

人間を兵器と見なし、そして相手方の艦艇に体当たり攻撃を

行うに至った。「十死零生」というこのような戦術を強行した軍事指導者は、近代日本のなかのもっとも恥ずべき指導者として相応の批判を受けて当然である。直接にこういう戦術を行うよう指示した指揮官とは別に、巧みにこの作戦を特攻隊員たちの主体的意思であるかのように装った指導者たちも明確に責任を問われるべきではないかと思う。
『「特攻」と日本人』

2016年12月11日日曜日

日本軍航空隊は、(昭和17年)8月7日に続き

翌8月8日も零戦15機、陸攻23機でガダルカナル島の連合国軍艦艇に攻撃を仕掛けた。

低空飛行で弾幕を潜りアメリカ艦隊に雷撃を試みる一式陸上攻撃機の編隊(8月8日)

「敵機!敵機!海上に敵艦船多数来襲!敵襲ッ」

昭和十七年八月七日、アメリカ海兵第1師団がガダルカナル島へ上陸し、2日前に完成したばかりの飛行場を易々と奪われてしまった。
日本海軍は、上陸戦隊を攻撃する為、第八艦隊を出撃させ、ここに第一次ソロモン海戦が惹起された。


2016年12月4日日曜日

日本で最も大きい主力戦艦「陸奥」の

舷側甲鉄が三〇センチの厚さがあるといわれているが、製鋼技術が進歩し薄くて強靭なものができはじめているというのに、それでもなお四〇センチ以上の厚さをもつ甲鉄を舷側にはる戦艦というのは、いったいなんなのだろう。
『戦艦武蔵』

2016年12月3日土曜日

堀(悌吉)少将を無二の親友と敬愛

していた山本五十六は、のちに(海軍記者)伊藤正徳にむかって、「堀を(予備役編入にして)失ったのと、大巡(重巡)一割とどちらかナ。ともかくあれは海軍の大馬鹿人事だ」と切言したという。
『真珠湾攻撃作戦』

山本五十六の海軍兵学校同期生(32期)堀悌吉

謎の北上

静かな北上であった。空母蒼龍は第二航空戦隊(注、以下「二航戦」と略記する。他航空戦隊も同じ)旗艦で、飛龍とともに同(一九四一年(昭和十六年)十一月)十八日、九州佐伯湾を抜錨した。第一航空戦隊の空母赤城はそれに先行し、空母加賀はおくれた。第五航空戦隊(五航戦)の空母瑞鶴、翔鶴は十九日零時に別府湾を進発して北上を開始した。いずれも訓練を装った隠密行である。
『真珠湾攻撃作戦』