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2013年11月14日木曜日

責任なき戦場

作家の高木俊朗氏の名著『インパール』の中に、次のような記述がある。

「親愛なる日本の兵隊さんだけに聞いていただく放送です。ばかな将校は聞かないで下さい。では、音楽をお聞かせしましょう」
つづいて、レコードが鳴りはじめた。凄惨な戦場に、はなやかな音楽が流れる。『東京音頭』である。谷の下で、兵隊が顔を見合わせながら聞く。
――ヤアト、ナアソレ、ヨイヨイヨイ
にぎやかな囃子が終ると、
「あなた方は、部隊名を隠しているが、われわれはよく知っています。あなた方は弓第二百十四連隊、白虎部隊という別名を持った勇敢な部隊です。あなた方はインパールに行くつもりで、ここまできました。しかし、われわれは、おやめなさいと忠告をします。ムダグチはインパールを包囲したといっていますが、それはヨタです。烈はコヒマでばらばらになっています。コヒマにいるのは英印軍です。祭はほとんど壊滅しました。祭の一個大隊は三十五名となり、軍曹が大隊を指揮しています。これを皆さんは、どう考えますか。これは鉄と肉の戦いです。日本軍得意の肉弾も、鉄の壁、鉄の戦車、飛行機には、まったく勝ち目のないことは、すでに、皆さんがよくごぞんじでしょう。ところで、もう一度、音楽をお聞かせしましょう」
声をのんだ沈黙の空気のなかに、静かな曲が流れ出す。
――待てどくらせど、こぬひとを……。

この短いエピソードのなかに、インパール作戦で日本軍の陥った状況が象徴的に表されている、と私は思った。文中にある弓、祭、烈というのは、この作戦に参加した第三三師団、第一五師団、第三一師団のそれぞれの呼称である。また、「ムダグチ」とあるのは、この三個師団を指揮した第一五軍司令官・牟田口廉也中将のことである。

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