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2014年8月15日金曜日

加賀を発進し、二番索敵線を担当した、

九七艦攻としては唯一の索敵機の機長、吉野治男一飛曹(甲二期、のち少尉)は、今も憤りを隠さない。
「雲の上を飛んでいて、索敵機の任務が果たせるはずがない。私のこの日の飛行高度は六百メートルです。低空を飛んで、水平線上に敵艦隊を発見した瞬間に打電しないと、こちらが見つけたときには敵にも見つけられていますから、あっという間に墜とされてしまう。敵に遭えば墜とされる前に、どんな電報でもいいから打電せよと私たちは教えられていました。たとえば、『敵大部隊見ゆ』なら、『タ』連送、『タ』『タ』『タ』そして自己符号。それだけ報じれば、もう撃ち墜とされてもお前は殊勲甲だと言うんですよ。それなのに、雲が多くて面倒だからと雲の上をただ飛んで帰ってくるなんて、言語道断です。本人は生きて帰って、戦後そのことを人にも語っていたのですから、開いた口がふさがりませんね」

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